考えるためのコラム
自己同一性について
「自分は何者なのか」という問いには、いつでも一つの安定した答えがあるとは限りません。特に心の状態や生活が大きく変わった時、その答えは揺れやすくなります。
「自分らしさ」は、固定された中身なのか
自分らしさを考える時、性格、仕事、得意なこと、趣味、人との関係、価値観、過去の経験など、いろいろなものを使って自分を説明します。
けれど、そのどれも変わる可能性があります。仕事を辞めることもある。好きだったことに興味がなくなることもある。以前できたことができなくなることも、逆に以前は考えもしなかったことを大事にするようになることもあります。
それでも、自分が完全に別人になったわけではありません。
心の不調は「自分が変わった」という感覚を強くする
何も楽しめない、以前のように考えられない、人と話すのが難しい、決断できない。そうした変化が続くと、「調子が悪い」より先に「自分ではなくなった」と感じることがあります。
そこで「元の自分に戻らなければ」と考えるのは自然です。ただ、回復の形を「以前と完全に同じになること」だけにすると、変化した部分まで失敗として扱うことになります。
戻るだけでなく、組み直すこともできる
以前の自分を取り戻したい部分があってもいい。一方で、以前の生活に戻したくない部分があってもいい。体調を崩したことで、無理をしていたことや、自分にとって重要ではなかったものに気づく場合もあります。
だから自己同一性を、「本当の自分を発掘する作業」と考えるより、「今までの自分と今の自分を、どうつなげて説明するか」と考える方が合うことがあります。
病名も、仕事も、性格も、自分の全部ではない
一つの言葉で自分を説明できると楽になることがあります。「うつ病の人」「会社員」「内向的な人」「頑張れない人」。ただ、どの言葉も一部を切り取ったものです。
その言葉が役に立っている間は使えばいいし、合わなくなったら変えてもいい。以前の自己説明と矛盾する選択をしても、それだけで「本当の自分ではない」ことにはなりません。
答えを確定しなくてもいい
「自分はこういう人間だ」という答えがはっきりしない時期もあります。特に、生活や体調が変化している途中では、自己説明まで安定しないことがあります。
その時に無理に一つの物語へまとめなくても構いません。「今は分からない」「以前とは違う気がする」「これから変わるかもしれない」という暫定的な答えも、自分について考える一つの形です。
同一性より、選べる余地を見る
「これは本当の自分か」と考え続けると、答えが出ないまま動けなくなることがあります。そんな時は、自分の定義を決めるより、「今の自分は何を大事にしたいか」「何を残したくて、何を変えてもいいか」という問いの方が役に立つことがあります。
自己同一性は、完成したプロフィールではなく、時間の中で更新される自分の説明と考えてもいいのかもしれません。
ここでは「自己同一性」を診断用語としてではなく、自分をどう説明し、変化をどうつなげて考えるかという日常的な問いとして扱っています。